誤解していた、マイケルジャクソン。映画が見せた本当の姿。

スポットライトを浴びて踊るダンサーのシルエット。金色の音符とフィルムリールが舞う、ネイビーとゴールドの幻想的な舞台。 アーティスト紹介

世界的有名スター
マイケル・ジャクソン。

TV等のメディアで見る彼は、言葉を選ばず言うと
偏見な想いで見ていました。

整形、薬漬け、小児性愛者、肌の色の変化…メディアで流れる話や自分の勝手な思い込みを
鵜呑みにして勝手に彼を誤解し続けていました。
ですがいい意味で、その偏見の全てが裏切られたのでした。

きっかけは、2026年6月12日公開『Michael』。

彼に対するマイナスイメージが払拭された時
映画館で涙を流し、目の前で流れる映像に引き込まれていました。

彼に対して偏見を持っていたものの、彼の音楽はとても好きで(完全なる矛盾)
よく借りたCDを録画しては、部屋にこもり大音量で聴いたものです。

この記事は、映画『Michael(マイケル)』を観た私自身の感想と考察をまとめたものです。
マイケル・ジャクソンの実際の人生とは異なる部分もあるかもしれません。

真実は分からない。
だけど、マイナスなイメージを持っている人にこそ、
この映画『マイケル』を通して
彼のリアルであろう姿を自分の目で感じて欲しいです。

🎧Spotifyでマイケルジャクソンのリストを公開中
ジャクソン5時代から1987年発売アルバム「Bad」までを選曲しまとめました🎵

⚠️映画『Michael(マイケル)』のネタバレも含まれますのでご注意ください。

①勝手に抱いていた、マイケルジャクソンへの偏見

マイケルジャクソンには、数多くの名曲があります。

センディー
センディー

僕はね!
『Heal The World』が好きなんだ🎵
この曲を聴くと、心が穏やかになるんだよね💕

コーディー
コーディー

いい曲だよね〜♪
僕は『Black or White』が好きだな💕
あのマイケル独特の「ヒーヒー!」がたまらないんだよ〜

マイケルはミュージックビデオをアートへと進化させたパイオニアでもあります。

スリラーのMVは約14分にわたる短編映画のような作品で、アメリカ国立フィルム登録簿に収録された
史上初のミュージックビデオとなりました。

数々の偉業を成し遂げた、世界的有名スター『マイケル・ジャクソン』

正直に言うと、彼に対して偏見な想いで見ていました。
それは、マイナスイメージばかりの報道であったり、ゴシップ記事、そしてニュースが絶えなかったこと。
変わりゆく容姿に良いイメージはもてなかったのです。

当時は調べもせず、ただ流れる目の前の情報に踊らされ、
彼に対する勝手な嫌悪感を抱いていました。

ですが映画を通して、「彼の本当の素顔は、違うのかもしれない」と気付かされていきます。

彼の波乱に満ちた人生は、『音楽のレジェンド』として数多くの苦悩と、
そして音楽に対して真摯に向き合う”純粋な音楽を愛する姿勢

そして、心から願う”平和への願い”が詰まっていたように感じ始めたのです。

改めて、事実を知らずにマイケル・ジャクソンという人物に嫌悪感をも抱いていた自分に
悲しみさえ覚えたのでした。

②知らなかった、マイケルジャクソンの素顔

マイケルジャクソンには、いわゆる”噂話”が山のように出てきます。
そして、真相は未だ分かっていないこともあるでしょう。
ですが、彼自身の言葉で語られた真実もあります。

映画を観て、彼の本当の姿は自分が思い描いていた人物像とはまるで違うのではないかと、
気づいた瞬間でもありました。

白斑症との闘い

マイケルは1986年に医師によって「白斑症」と診断されました。

センディー
センディー

白斑症って何?

コーディー
コーディー

白斑症って言うのはね、皮膚の色素を作る細胞が正常に働かなくなって、
皮膚の一部が白く抜けてしまう病気なんだ。
痛みはないんだけど、肌の色が濃い人ほど目立ちやすいから、
精神的な苦しさを伴うことも多い病気なんだ💦

マイケルは黒人としてのプライドを持って、輝くステージに立ち愛する音楽と向き合い続けていました。

マイケルは、年齢重ねるうちに肌の色が黒色から白色へと変化していきます。
本人の「黒人としてのプライド」とは正反対に
容姿が段々と変わりゆくマイケルを見て、周囲からの否定的な憶測や誹謗中傷が長年続きました。

私もその一人。
真実を知らずして、噂に流され、彼の容姿に対して否定的に捉えていました。

マイケルは1993年のインタビューで初めてこの病気について公表しています。
その真実も知らず、この映画を観るまで彼を誤解し続けていたのです。

実際は白斑症を患い、本人自身が苦しんでいました。

子どもとの関わり合い

マイケルは、長きにわたって”小児性愛者”の疑惑が噂され続けました。

俳優のマコーレー・カルキン(以下マコーレー)がとあるインタビューの中で、
司会者からマイケルと一緒に過ごした夜の話を振られます。

マコーレーはインタビューの中で、一緒に過ごした夜について『ただ普通のことをしただけ』と語り、
当時の騒動に対しても冷静な姿勢を崩しませんでした。

実際にマコーレーは2005年のマイケルの裁判に証人として出廷し、
「マイケルに性的いたずらをされたり、不適切な接触は一度もなかった」と証言してマイケルの容疑を晴らす
ことに貢献しました。

1984年にペプシのCM撮影中に頭部に大やけどを負い、皮膚移植手術を受けた時、マイケルは賠償金100万ドルを
全額「マイケルジャクソン火傷センター」の設立につぎ込みました。
ここから子どもへの慈善活動が始まり、実際に小児病院を訪れ、子供との会話の時間を楽しんでいたようです。

映画の中でピーターパンの絵本が繰り返し登場していました。
大人になっても子供のような純粋な心を持ち続けたマイケル。
子どもたちと過ごす時間は、彼にとって“心の休憩所”だったのではないかと感じます。

自分が幼い頃に過ごせなかった時間を、そこに見ていたのかもしれません。

③解き放たれた才能✨

ずっと父親の支配下にいたマイケルは、年齢を重ねるうちに自身のアーティストとしての活動を進めていきたいと思うようになります。

そして現実に、自身の自立に向け動き始めます。

映画の中では、幼い頃からのボディーガード、ビル・ブレイに支えられながら、
マイケルが自立への道を模索する姿が描かれていました。
何人もの弁護士に会う中、マイケルの意思を尊重してくれたのはジョン・ブランカただ一人。

彼の力を借りて、1981年、22歳だったマイケルは父親をマネージャーとして正式に解雇します。

そして、1982年。
人類史上最も売れたモンスターアルバム『Thriller』を発売します。

TVの影響で作り上げていった、『Beat It』

当時ロサンゼルスを拠点に抗争を繰り広げていた二大ストリートギャングの抗争で、
若者が争い傷ついているというニュースを目にするシーンがあります。

このニュースを見たマイケルは、音楽の力でこの争いを乗り越えよう
ギャング同士を撮影現場に呼び、彼らと共に実際にMVを撮影しました。

そこには”音楽の力”を信じるマイケルの信念と”平和”への強いメッセージが込められて
いました。

そのMVがこちら。

実際に当人同士を自分のMVに起用するという発想。
またそれを実行し成功させた事実は、彼の音楽に対する”妥協しない信念”そのものを感じずにはいられません。

この信念があったからこそ、数々の名曲が・パフォーマンスが生まれた――

真実の裏話を知ってから聴くBeat Itは、また違って聴こえてきます。

④家族との絆と父とのすれ違い

マイケルの人生を語るうえで、家族の存在は切り離せません。
そこには束縛とすれ違いがありながらも、確かな絆がありました。

父親との関係

幼い頃から、彼は父親からの厳しい束縛・拘束と闘うこととなります。

父親からの虐待があったことは、目にしたことがありました。
ですが、映像にしてリアルに観たことで、マイケルが感じた幼少期のトラウマを直に感じました。

同じ年くらいの子供たちが、外で遊んでいる姿を羨ましそうに家の窓を眺めるシーンがあります。

彼には幼い頃から人知れない光り輝く才能がありましたが、
ごく普通の子どもらしい生活は、まるでありませんでした。

実際に、1993年のグラミー賞レジェンド賞受賞時のスピーチでこのように話しています。

僕には少年時代はなく、クリスマスも誕生日もなかった。代わりにあったのは
勤勉と苦闘と苦しみ。
成功したが、その代償はとてつもなく大きかったと。

父の掛け違えた愛情💔

マイケルジャクソンの父ジョセフジャクソン(以下ジョセフ)は、彼の才能を幼い頃から見出します。
少しの妥協も許さないジョセフは、極めて厳しい態度でマイケルだけでなく子供達全員に接します。

子供達はジョセフに逆らうと恐ろしいことになることがわかっていたため、
彼には逆らえなかったようです。

実際に映画のセリフの中で
「ジョセフから逃れられない。誰も。」
物悲しくも、どこか悔しさが感じられる表情で母親に語るシーンがあります。

ジョセフは、マイケルの才能をより輝かせていけるようにと、”歌・踊り”に力を注ぎます。
彼はちょっとの妥協も許しませんでした。
たとえ、夜のステージ終わりで疲れていたとしても、家に帰ってからもジョセフが納得いくまで
練習が続きました。

最初はマイケルを思う愛情だったはずです。
しかし次第に自分本位へと変わり、もはや”家族への愛”と呼べるものではなくなっていったのでしょう。

マイケルはファーストソロアルバムを制作するころから、父親からの支配から逃れようと奮闘していきます。

父ジョセフは、マイケルを否定していたわけではないと感じています。
家で麒麟を飼うこと、チンパンジーを飼うこと、そして整形すること――私生活においては、
彼を受け入れていたようでした。

芸に対する厳しさは行き過ぎていたかもしれません。でもそこには、確かに愛情があった。
だからこそ、“掛け違えた愛”だったのだと思うのです。

家族の支えと温かい愛情❤️

父親からの長きに渡る束縛。

父からの掛け違えた愛情。

でも、そこには普通の男の子として生きられなかったからこそ、
マイケルジャクソンの才能をより開花させたのかも知れません。

彼には常に物事を純粋な心で見る力と、真面目で曲がらない自分の軸がありました。

他人には到底理解できないことも、家族は受け入れました。
幼い頃から彼の姿を側で見てきたからこそ、どんなマイケルの姿も受け入れられたのかも知れません。

兄弟たちの変わらない愛、そして母親からの深い愛情、人生の中で出会う人との繋がり――
その出会いたちが、時に彼を癒し、心の休まる場所となったのでしょう。

そこには、マイケル自身の純粋な人柄と相手を想う優しい心、そしてマイケルにしかない独特な感性があってこそ。
実行力と、確かなる実力。
その2つが放つ1本の光が、彼を支えていたのだと感じます。

辛い過去や父親からの束縛や確執・恐怖から最終的に決別でき乗り越えられたのは
彼自身の努力だけでなく、マイケルを支え見守り、マイケルを受け入れてきた家族や周りのサポートも
大きかったのでしょう。

⑤まとめ

映画『マイケル』は、事実に基づいて制作されていますが、
物語をより面白くするために、事実とは異なる場面ももちろん含まれています。

マイケル・ジャクソンという唯一無二の天才アーティストが
この世に存在し、生きていたという証は間違いなく消えることはありません。

映画の内容を全て事実として受け取るのではなく、一つの作品として楽しんでいただければと思います。

数々の逸話を生み出し、次世代へと語り継がれる「伝説の曲たち」は
今この時も、誰かの耳に流れ、そして癒しています。

映画館を大きな迫力ある音で流れるマイケルジャクソンの名曲たちが
人生の物語と共に、観ている私たちの気持ちをも盛り上げてくれます🎵

気になった方は、是非映画館で楽しんで頂ければ嬉しいです✨

最後に
『We Are The World』をお送りします。

黒人も白人も関係ない。
音楽は言葉も人種も関係なく、乗り越えられる。
映画の中で彼が語った言葉に、強く心を揺さぶられました。
世界を平和にしたい、そんな願いを形にした名曲です。

あなたの「この曲、好き💕」「私の”推し曲”はこれ☝️」などありましたら、
ぜひコメントで教えて下さい。
また「このアーティストを特集してほしい!」というリクエストも大歓迎です。

洋楽ってちょっと敷居が高い…そんな風に感じているあなたにも
「あ、これ好きかも」と思える曲に出会ってもらえたら嬉しいです。

ちょっと元気をくれるRadioブログ、また次回もお楽しみに 📻✨

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